甲州印伝の老舗・印傳屋の印伝 経年変化を楽しんで愛着ある逸品に

「印伝」をご存知でしょうか。何と読めばいいのか、それは何なのか、産地の方ならわかってもそれ以外にお住まいの方や若い方には耳馴染みのない単語かもしれません。

印伝は「いんでん」と読みます。国指定の伝統工芸品で鹿革に漆の加工を施してあります。

職人が丹精込めて作り上げる品は、暮らしに寄り添い、生活を豊かにしてくれます。

今思えば小さい頃から工芸品が好きな母の影響で工芸品を身近に感じることが多かったのかもしれません。その一つが印伝です。もちろん当時は何も思い入れはありませんでした。

母から教えてもらう印伝にそれほど興味を持って聞いていたとは思いませんが、いつの間にやら時間を重ね常にそばにあるものとなっていました。

今回は「印伝」について、特に印傳屋の印伝について皆さんにご紹介したいと思います。

目次

印伝とは

印伝とは鹿革に漆加工を施した伝統工芸品です。

歴史は古く400年前から山梨県に伝わるとされています。南蛮貿易が盛んな17世紀、オランダの東インド会社から伝わったインド産の装飾革が印度伝来→印伝となったと言われています。後に国産化し和様に装飾した革を印伝と呼び、広く知られるようになったそうです。

鹿革はとても柔らかく人肌に近いとされています。軽くて丈夫なことから昔から生活道具や武具として使われていました。使い込んでいくほどに風合いが増していくので持つ人に愛着が生まれます。奈良時代の作品として東大寺に文箱が残り、武士が台頭する時代には様々な模様を描いた鎧や兜が作られ、甲斐の武田家の小桜柄の鎧兜はその歴史を物語っています。

印伝は甲州印伝が有名で私が所有する印伝のほとんどが甲州印伝ですが、江戸印伝、奈良印伝もあります。鹿革は、軽くて耐久性が良く、加工しやすいという長所から古くから馬具に使用されていたそうです。

奈良には鞣し工場的なものがありました。鞣しとは、動物の皮は時間が経つと腐敗してくるので、腐食の処理をすることです。その工程を経ることで文字通り、柔らかく耐久性が高くなります。

江戸時代に入って鹿革に漆を加工する技術が甲州で生まれ、江戸の粋な人たちに巾着などが好んで使われるようになったということで、鞣しを奈良で行い、その鞣した革に漆加工を施す技法が生まれたのが甲州(山梨)、その加工された革を使って仕立てをする職人がいたのが江戸(東京)、地域分業制をとっていたのでしょうか。そんなことを考えるのもまたおもしろいですね。

印傳屋とは

印傳屋は1582年創業で、甲州印伝と言えばまずは印傳屋の名を挙げるでしょう。甲州印伝とは400年以上にわたり伝承されてきた鹿革に漆で模様を施した伝統工芸品です。

江戸時代に入り、上原勇七が鹿革に漆づけする独自に開発した技法、これが甲州印伝の始まりのようです。

技の継承は家伝の秘法。代々、家長である「勇七」にのみ口伝され、第12代までは門外不出であったとか。現在では印伝技法の普及のために口外されているそうですが、ここにまた素晴らしさを感じます。普通であればその家だけにある技法を口外したくないものですが、普及のために広く公開していくことはなかなかできることではありませんね。

1987年に甲州印伝は経済産業省大臣指定伝統的工芸品認定となります。伝統を受け継ぐだけでなく技を磨き続け新しい印伝を創り出していきます。イギリス王室御用達ブランドとのコラボなど海外のラグジュアリーブランドとも共創していく姿勢は、伝統は守るだけではなく常に進化し続けるものであるというお手本を見ているようです。

伝えたい印伝の魅力その特長

素材の魅力 漆と鹿革

 漆は時間を経るごとに艶が出てきて光沢に深みが増してきます。漆は西洋でも日本の美を代表とする素材とされ、古来よりあらゆる工芸に使われてきました。

漆のもつ独特な質感、光沢、防水、防菌など実用的であり装飾にも向いたものと言えるでしょう。漆が時間を経るごとに色みが変化し、輝きを増してくるのです。

そして鹿革の特長として軽くて柔らかさがあると思います。柔らかいその感触は人肌に近いと言われ、こちらもまた漆同様、加工や装飾がしやすいのです。使い込むほどに手に馴染むその感覚はやはり一度体感していただきたいですね。

二つの特性をうまく融合させて素材となっている印伝、これがまず魅力の一つになります。

経年劣化ではなく経年変化を楽しめる

とにかく長く使うことによって光沢や質感、色合いが変化して味わい深くなっていきます。

劣化するのではなく変化する、ここがポイントでしょう。より手に馴染みやすくなる、何か手と一体化してくるような感覚とでも言いましょうか。初めの頃とは違って少しづつ変わってきている、経年変化によって醸し出される新たな表情が美しさまでも感じるのです。

印伝の柄の豊富な種類

私が印伝に惹かれるのはその柄、模様にもあると思います。古典柄で言えば、花柄、吉祥、厄除、長寿などの意味があったり、近年見られる現代的な柄としては、花柄はもちろん、洋風だったり幾何学模様であったりと様々で、目を楽しませてくれます。色も豊富になりました。

同じ柄でも革の色や漆の色が違うと見え方は違います。お好みの色を選ぶことができますね。またコラボや別注商品などもあり、こんな色でも印伝はあるんだ、作れるんだと驚きや発見することがあります。

近年の柄で私が持っているものの中でお気に入りは、こちらのモダンな柄の小銭入れです。

これまでになかった印伝らしからぬ柄、質感もなんとなくマットな感じがしますが、黒漆の部分は光沢があります。よく触れる部分は表面の光沢感が抜けてきますが、

画像ではわかりにくいかもしれませんが、開けると光沢感がまだ残っています。

使い込んでいくうちに変化するのもまた楽しみの一つです。

受け継がれてきた技法

印伝には鹿革に漆に柄付けをする「漆付け技法」、鹿革をいぶして色付けする「燻べ技法」、色漆の一色ごとに型紙で色を重ねる「更紗技法」があります。

漆付け

漆付けとは、鹿の革の表面を整えて、漆ののりが良くなるように加工して染色した鹿の革に、手彫りの型紙を置き、そこに漆を刷り込み模様をつける技法です。

鹿革と漆の特性がうまく融合し、浮かび上がった模様は印伝の魅力をいかに引き出しているかわかります。

更紗

一色ごとに型紙を変えて色を重ねていくことで鮮やかな色彩を生み出すのが更紗技法です。

均等に色をのせることは職人の熟練した技によるもの。高度な技術と手間を要するその作業には脱帽します。漆付け前の下地に模様をつける工程で使われる技法です。

燻べ

燻べはふすべと読みます。鹿革をタイコ(筒)に貼り、藁を炊いて燻した後、松脂で燻して自然な色に仕上げる古来の技です。近年までは門外不出の技であったようです。

技法が受け継がれてきただけでも素晴らしいことですが、後世に広く伝えるために公開することはなかなかできることではありません。その度量の大きさにも感銘を受けます。

印伝に使われる柄・模様の意味

印伝の魅力でも取り上げましたが、印伝に使われる柄には意味があります。例えば、古典柄ですと、小桜は平安時代以降、花と言えば桜というように日本人に親しまれ、国花としても指定されています。四季のある日本で桜の持つ美に喜びを持つ方が多いのでしょう、柄にもいろいろと取り入れられています。

蜻蛉も印伝にはよく見られる柄ですね。蜻蛉(トンボ)は中世時代「勝虫(かつむし)」「勝ち虫」と呼ばれ武具や装飾にも使われました。トンボは前しか向いて飛ばない、後ろを振り返らないことからも好まれる理由かもしれません。

高嶺(たかね)、こちらは富士山です。神が宿る山として信仰されてきた日本人にとっては

特別な存在です。山梨県にある印傳屋さんは季節季節の表情を見せる富士山を眺め、その美しさを漆と鹿革で表現されたのでしょう。

菊は、菊を浸した水を飲むと長寿を保てるという中国の故事から不老長寿の象徴として使われています。瑞祥や富貴を表す模様として皇族にも用いられています。

若い頃はこの菊の柄が好きでした。この菊の花柄が子供ながらに好きだったのだろうと思いますが模様の意味までに発想を飛ばすことはなかったですね。

現代柄は古典ほど意味合いがあるものばかりではありません。しかしこれまでとは一線を画すデザインで一味違う仕上がりもあります。若い方には和風な柄に抵抗感があると思いますが、現代的なデザインは若い方にもお手にとって見ていただけるものだと思います。

こちらはブロックチェック。漆が盛り上がっているかのように光沢を帯び、美しく高級感があります。黒の鹿革に黒漆という漆の美しさを前面に出したものです。色展開も黒×黒のみでシンプルでかっこいいデザインです。

私がおすすめする印伝の商品の種類

印伝の商品としてポピュラーなものはやはり財布でしょうか。たくさん種類がありますが、

写真にもあるこの形が私にはとても使いやすいです。

小銭入れから札入れまで幅広く種類があるので選ぶのは難しいですが、財布もその人それぞれの使い方やこだわりがあるので、自分の用途に合ったものが見つかると嬉しいですね。キャッシュレス決済が台頭し、財布を持たない方も増えてきているかとは思いますが、私はまだまだ財布を手放せず、何種類かを使い分けています。

小さいバッグの時などはこれくらいのコンパクトな財布が便利です。小銭入れも別にあり、カードもいれられる仕切りがあります。

財布の横には同じ柄のキーホルダーがあります。これも大変便利です。家や車の鍵をつけてありますが、かさばらないところが気に入っています。

次に印鑑入れがおすすめです。印鑑不要になってきたとはいえ、まだまだ必要です。

朱肉付きなので便利ですよ。大学時代の友人にプレゼントをしたことがあるのですが、その友人が「今でも使っているよ、朱肉が付いていて便利なんだよね」と言ってくれて遠い昔に贈ったものをまだ愛用してくれているのだと、とても嬉しく思いました。

印伝の取扱いについて

漆と鹿革の特徴に伴う取扱いの注意点は以下の通りになります。

まず漆ですが、漆は時間が経つにつれて色合いが変化していきます。漆はひっかけたりするとわれたり剥がれたりすることがあります。長く使用していると、部分的に漆が剥がれてくることがありますが、それは味わいとして捉えていただければと思います。完全に乾かしているので漆によるかぶれはないですがごく稀に体質によってかぶれが生じた場合は使用を中止なさってください。

鹿革

鹿革の軽くて柔らかく使い込むほどに風合いが変化していきます。漆や鹿革は日光や照明などに長時間あたると光沢が失われていき、色あせしていくことがあります。鹿革は擦ったりすると革に傷がつく場合もあります。

鹿革本来の特性を活かすため特別な色止め加工はしていません。汗や水、摩擦などにより染料が衣料に色移りする場合があるので、そこは注意なさってください。濡れた場合などはこすらずに、乾いた布で軽くたたいて水分をとり、影干しをしてください。

経年変化による新たな表情を楽しむ

日本の伝統は、それを支える職人の高度な技術と心持ちによって受け継がれたものです。印伝もその一つですね。安価で簡単に手に入るものももちろん便利ですが、手間暇をかけて作られたものづくりの背景を感じながら、そのものを所有する喜びは格別です。

海外ブランドのものも洗練されてステキですが、日本の製品にもぜひ目を向けていただけたらと思います。以前セレクトショップで買い物をしたとき、印伝の財布を取り出した私に、若い店員さんから「それは何ですか?」と声を掛けられた経験があります。その方は印伝を初めてご覧になられたようで、私の説明を興味深く聞いて下さり嬉しかったことを記憶しています。

私の印伝も母からもらったものもあり全てが新しくはありませんが、そのものによって思い出もあり、経年により人もものも変化した様子が見てとれます。経年によって変化する印伝。新たな表情を楽しみながら愛着のある逸品として大切にしていきたいです。

いかがでしたでしょうか。印伝に興味を持っていただけたら幸いです。

最後まで読んでいただきましてありがとうございました。

ライター:吉田美佳

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