「樺細工(かばざいく)」という秋田県の伝統工芸品をご存じですか。
私が愛用している樺細工の工芸品は、靴べら・筆立て・手鏡・一輪挿しです。15年以上愛用していて、一度も壊れたことはありません。
樺細工とは山桜の樹皮を剥いで、製品に貼り付けた工芸品で、同じものがなく、桜の樹皮の模様がきれいで、色は濃い茶色をして、やや光沢感があります。そして、色褪せない高級感があります。
樺細工は素材の美しさが魅力の工芸品ですが、同時に優れた素材の性質の上に成り立っています。
茶筒や小物、時代とともに特徴を活かした製品が受け継がれてきました。
茶筒のように日々手に触れるものは光沢を増し山桜特有のツヤを保ちます。
それもそのはず、230年前に作られた樺細工の茶筒が現役で使われていたり、機能美と耐久性を兼ね備えています。
本当に一生モノの工芸品です。
樺細工は原料に山桜の樹皮を使うと書きましたが、職人さんが代々受け継がれてきた技法で加工すると、樹皮は数年で再生し、樹を枯らすことはありません。自然と共存してきた日本人ならではの工夫です。
樺細工の歴史
樺細工の歴史は古く1781年に秋田県の角館を治めていた、佐竹北家によって阿仁地方から伝えられたのが始まりだとする説が一般的です。
その後、冬期における武士の内職として定着しました。
そんな樺細工ですが、1833年に東北地方が大凶作になると樺細工の制作も衰退してしまいます。
さらに1907年、樺細工工業界の不況打開策として角館樺細工組合を設立するなどします。
しかし再興ならず、1913年に樺細工不振のため、秋田県に樺細工職人が産業救済の嘆願書を提出するに至ります。
転機となったのは、1915年の大正天皇即位奉祝として角館より「樺制床飾台」を献上し、その返礼として1929年に角館樺細工業界が初めて国有林より樺採取の許可が下ります。
このころより、樺細工は全国的に知られるようになります。
また、1973年より山桜の植樹が始まり、世界からの需要に耐えられるようになりました。
制作過程
■樹皮を剥ぐ
まずは山桜の樹皮を剥ぐ作業から始まります。木の栄養が豊富で、桜に力がある8月から9月に、専門の職人さんの手によって樹皮剥ぎが行われます。樹皮は、厳しい環境を乗り越えた樹ほど美しい樹皮をしています。
専用の刃物で樹皮に長さ40cmほどの切れ目を入れ、樹からめくって剥がします。丈夫に生きている木であっても、1度に剥ぎ取ることさえしなければ、木は枯れることはないそうです。
剥ぐ部分、残す部分は年によって変わってくるため、樹皮は時間をかけて再生することが可能です。
その年に樹皮を剥がず、複数回剥いだ樹皮は「2度皮」と呼ばれ、通常の樹皮とはことなる素材として使用されます。剥ぎ取った樹皮は、屋内で約2年以上十分に乾燥させます。
樹皮は、状態によってランク付けされ、光沢や色などによって12種類にまで分けられます。目的の商品に適した大きさに樹皮を選切り出し、専用の刃物でなめすと樹皮に光沢が現れます。
■光沢出し
光沢を出すため、にかわを塗る作業を行います。
■巻き癖づけ
貼り付けるにあたって、よくくっつけるように内側に巻き癖を付ける作業を行います。
■貼り作業
商品ににかわを塗り、樹皮を貼り付けていく作業に入ります。
■仕上げ
貼り作業で外側を加工し、次に内側の加工に入ります。
樺細工の最終仕上げは、ひたすら布で磨いて、高級感ある光沢を引き出します。
人工塗料など使わない、桜の樹皮そのものの美しさが生きた樺細工の完成です。
このように、かなりの手順があり、材料の問題など、樺細工は外国からコピー商品を作られずに、日本独自の伝統工芸品として成長し、今や海外からも人気があります。
樺細工の現在
樺細工は、日本の長引く不況と同様に、長い間日の目を見ない日が最近まで続いていました。
しかし樺細工の業界を一変させたのはインターネットの普及です。
その見た目の美しさに日本人が夢中になり、その品質を伝え聞いた外国人も魅せられました。
今では樺細工は、海外のメーカーとコラボ商品を発売したり、外国人が好きそうなブローチやネクタイピン、ペンダントやピアスまで幅広く商品展開しています。
進化する樺細工
私がオススメしたい樺細工の商品は、靴べらです。
プラスチックみたいに滑りすぎず、まさに「ちょうど」という表現がピッタリの滑りで、ずっと愛用しています。しかも強度も抜群で、15年使っています。
また、一輪挿しも魅力的です。
樺細工の一輪挿しだけでもオシャレなので、そこにコスモスを一輪さして玄関に置いたらすごくクールでした。
その他、ビジネスで使えるものとして、樺細工のカードケースを名刺入れに使うのもオススメ。相手から注目されて、会話が弾むことでしょう。
あと、定番商品ですが、茶筒がオススメです。樺細工の茶筒は、機能美とともに、湿気を吸収してくれる優れものです。もちろん、そのまま茶筒として使用してもいいですが、筆立てなどとして使用してもオシャレです。
最近の樺細工は防水機能を備えた商品も増えてきており、おぼんやお皿、コースターの樺細工の商品も発売しています。
賛否両論あるかとも思いますが、私は時代に合った技術は伝統工芸品でも取り入れた方がいいと思っています。
そうしないと廃れて「過去の遺物」になってしまうと思うからです。
もちろん取り入れない方が成功する商品もたくさんあると思いますが。
数年前にはなかった商品で今回見つけたのは、コーヒーミルです。
木でできている部分を樺細工で作り、金属部分は同系色のブリキ色でまとめて、カッコいい作りになっています。
あと、樺細工の茶筒があるから、と思われたのか、コーヒー入れを見つけました。考えた方は柔軟な発想の持ち主ですね。
樺細工は吸湿性がありますから、いい商品です。
樺細工は山桜の樹皮を使うので、必然的に小さい商品が多いのですが、樺細工のバッグを発見しました。これも発想の転換で、「小さい商品を造ろう」ではなく、「小さい商品を組み合わせて造ろう」という考えで、編み込みのトートバッグになっています。
個人的にほしいと思った商品を見つけました。
樺細工で作ったタンブラーと樺細工で造ったダイス。
タンブラーでお酒を飲みながら、こんな味のあるサイコロで双六をしたら最高だと思います。
10年前はなかった商品がすごく増えているのは、需要があったからだと思います。しかも日本だけではなく、世界中から受注が増えているのだと思います。
日本人は自然と共存してきているので、いくら受注が増えても山桜の乱獲は起きないでしょう。職人さんが剥いだ皮は再生しますし、山桜を植林までしていますから。
ただ職人さんをキチンと育成して、次の世代まで残していただきたいです。
あと、売れるからといって、大量生産をしてブランドイメージを損ねてほしくないものです。
私は前に、時代に合った技術は取り入れるべきと考えていると書きましたが、それは商品の質が向上して、世界に流通するのがよいと思うからです。
無理に時代に合わせてダメな商品を造って伝統工芸品も廃れて、職人さんの育成をしないのが一番やってはいけないことだと思います。
今、どの業界でも技術の伝承が問題になっていますが、樺細工はキチンと後の世まで残ってほしいものです。
樺細工は日本のアイデンティティー
樺細工は、角館が誇る、日本固有の民芸品です。世界の誰が見ても賞賛するでしょう。
幸いにも日本各地には日本固有の工芸品・伝統が幾多にも残っています。
ここまで伝統や工芸品が残っている国も希有でしょう。
それなのに簡単にコピー商品が造られ、ブランドイメージが低下するのは職人さんからするとやりきれません。
今まで文化財の保護以外なにもしてこなかった国の責任は重いと思います。
日本だけではなく、世界中で日本の文化を保護し、商品化し、法的に意匠登録などマネできない制度の構築が求められています。
日本の名誉を担う「日本らしさ」はもはや、中央の都会ではなく、いつの間にか地方が担っています。
中央の都市部は世界中どこに行っても代わり映えのしない高層ビル群が立っています。
日本のアイデンティティーは実は地方にこそあるとも考えられます。
日本の世界遺産は中央ではなく、地方にあります。
だからこそ、各地に特色ある街づくりが必要とされています。
どこへ行っても、駅前にショッピングモールがあり、「合理性・経済的」な街づくりは、日本の魅力を破壊する行為にほかなりません。
樺細工の将来
樺細工は様々な困難に直面してきました。
そして今、樺細工の和の雰囲気に合う和室が減っています。
そうした課題を樺細工は高い技術と時代に合った商品を造ることで乗り越えてきました。
近年では、今の住宅に合うよう白木や異素材を組み合わせるようにもなりました。
また、新たな需要を開拓しようと、樺細工は海外展開にも力を入れています。
日本=桜というイメージからか、樺細工の持つ美しさからか、ドイツでの展示会は好評のうちに終わったそうです。
環境保護意識の高いヨーロッパでは、樺細工のブランドイメージ強化を目指し、自然素材を使うエコな商品としてPRされています。
ヨーロッパの担当者は言います。「樺細工は世界でもユニークな工芸品。日本人以外の方も道具を愛でて、お茶を楽しんでほしい」と。
新しい樺細工はもはや、「和」の雰囲気を必要としなくなるかもしれません。
その証拠に茶筒の文化のない外国で受け入れられていたり、コーヒーミルやコースターがあるからです。
そして、新しく外国の女性をターゲットにした美しいペンダントやブローチが好評を博しています。
もはや、日本のアイデンティティーは都市ではなく、地方も通り越して、外国とのコラボレーションにあるのかもしれません。
しかしこれは悲観することではなく、古い工芸品に新たな息吹が吹き込まれたと捉えるべきでしょう。
しかも国内の職人さんが黙っているはずもなく、また樺細工の新たな表現を見せてくれることでしょう。
江戸の武士の内職として始まった樺細工が、日本を代表する伝統工芸品として成長するとは誰も思わなかったでしょう。
さらに、自然を大事にする日本人が、山桜を枯らさず、自然の恩恵に感謝する感情は世界でも尊敬の念を得ています。
私の楽しみは、樺細工のペンダントやブローチを身につけた女性がたくさん増えて、それが一般的になることです。
樺細工の魅力まとめ
樺細工は本当に一生モノの工芸品です。
使えば使うだけ、「味」や「光沢」が出できて、いつまでも使い続けたくなる商品です。
幸い、樺細工は旅行先で買えるお土産だけではなく、インターネット販売もしているので、コロナ禍で旅行を控えている方も、旅行に行った気分にさせてくれます。
そして日本の工芸品なので、万が一破損してしまっても修理を受け付けてくれるお店があるのは心強いです。
さらに心強いのは、外国からも修理を受け付けているお店もあることです。
「売って終わり」ではなく、メンテナンスやアフターケアまでしてくれるのもエコ意識の高い外国から受け入れられている要因でしょう。
きっと思い出も再生してくれ、もう一度日本に旅行して、また樺細工を買っていってくれそうです。
外国の旅行者はまだあまり東北地方に行かれていませんが、日本各地の工芸品を造るところから見学するツアーもオススメです。
南部鉄器やこけし、赤べこなど東北地方には素晴らしいものがあり、温泉も大変素晴らしいです。
樺細工を通して見た日本は、様々な多様性があり、歴史もあり、多くの人が暮らしています。
その多くの人が当たり前に生活しているようで、日本の伝統を守っています。
伝統とは造るものではなく、そこに当たり前に存在するものです。
ゴミを路上に捨てないとか、挨拶をするとか、人に親切にするとか、財布を拾ったら交番に届けるとか、普段みなさんが当たり前にしておられることが伝統を守っていく、ということです。
だからこそ、日本は多くの外国から信用され、観光地としても非常に人気があると思います。
伝統工芸品と日本の伝統は、まったく関係なく見えますが、共通項も多いのも事実です。
こうやって外国と深くつながり、深化することでまた旅行業界も活発になり、世界で旅行が普通にできる未来を想像し、異文化の理解も加速度的に進むことを望んで、筆を置きます。
ライター:yujishintaku