「錫」という字を目にして「すず」と読み、錫についてすぐに何か思い出されますか?
あまり耳馴染みのないかもしれない錫は金属品の中でも知られていないかもしれません。
私と錫の出会いは、工芸品好きな母の影響で暮らしの中にいつも身近にありました。
まだ子供だった私に錫製品について教えてくれたりしたのが始まりです。
子供の頃は意識して話を聞き留めることなどしていなかったのですが、年を重ねて大人になってみると、それは母だけでなく父方からも影響を受けているのだとわかりました。
母親が嫁に来る前からあった錫製品は、とっくりと茶托でした。
使っていない茶托は銀色が美しく、使っている茶托は少し銀色が鈍っていたのを覚えています。
鈍った銀色を磨くと本来の銀色に少しづつ蘇っていく工程に心奪われ、率先してその作業をしていたものです。
今回は皆さんに、錫製品について、また現在私が大切にしている錫製品の製造を代々続ける国産ブランド「能作」についてご紹介していきます。
錫のこと
錫とは
錫は金属のひとつです。
耐食性に優れ、空気中でも水中でも変色せず錆びません。
そのため有害な物質が溶けだして人体に悪影響を及ぼすことがなく無害です。
さびにくく、金属の中ではやわらかいという特性があり、ガラスなどと違って割れないという特長を持っています。
錫の特徴
①陶器、ガラスと違い、錫は金属なので割れる心配がない
②人体への影響がない
③錆びない
④錫の器に入れた水は腐りにくい
⑤金属の中ではやわらかい・・衝撃が加わると変形する場合があるが、逆に言えば変形しても元に戻せるというメリットがある
⑥融点(金属が溶ける温度)が低い・・他の金属と比べると加工しやすいが融点が低いので直接火にかけたり、電子レンジでは使用できない
⑦熱伝導率に秀でている・・すぐ温まり(お酒を燗にすればすぐ温まる)、すぐ冷える(冷たいビールはより冷えた状態で楽しめる)
⑧使用感がでてくると表面に変化が見てとれる・・光沢に落ち着きが出てくる
下の写真はまた別のKAGOシリーズのものです。最初のものなので使用感が出ているのがおわかりになりますでしょうか。これはこれで味としてあえて磨いていない状態のものです。
錫の歴史
世界最古の錫器は3500年前のものと言われています。
その後、世界中の暮らしの中に取り入れられました。
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」にも錫の食器が描かれているのです。
日本には、今から1300年前、飛鳥・奈良時代に伝えられたと言われています。
奈良の正倉院にも宝物として錫器が収蔵されています。
日本での生産は京都の丹波地方で始まり、17世紀には大阪を中心に多くの錫師たちが活躍し、錫器作りの文化が華開き、薩摩や関東でも独自の錫文化を作り上げていきました。
錫器はまずごく一部の貴族階級で使用されました。密閉に優れた茶器として、また酒器として宮中で使っていたようです。
安土桃山~江戸時代に入ると裕福な武士階級や商人の間で普及していきます。
そして明治、大正、昭和に入ると、高級品でありながらも一般家庭でも広く使われるようになりました。
しかし現在、家庭で錫器を見かけることは少なくなったと言われています。
錫器は錆びないことから縁起が良いとされ、記念品や贈答品として人気がありましたが
ステンレス製やプラスチック製の器が普及していく中で、錫器は姿を消していきました。
鋳物メーカー 能作
ものづくり都市・富山県高岡市
私が愛用している錫製品は富山の高岡にある鋳物メーカー、能作(のうさく)さんです。
所在地の高岡は鋳物の町として知られていますが、1609年、加賀藩藩主の前田利長が高岡城を築き城下町として開いたことで始まります。
当時は鍋・釜などの日用品、農具を作っていましたが、時代のニーズに合わせて多様な製品を作るようになりました。
400余年が経った現在も、高岡も国内トップシェアを誇り、仏具や茶道具など小型のものから、銅像など大型のものまで幅広くつくり続けています。
近年、デザイン性の高い工芸品を次々と発表し、国内外から注目を集める高岡。
高岡は、伝統を守り革新を生む、ものづくり都市であり、その環境の中で能作は育まれてきたのです。
能作の歴史
能作が鋳物の製造は1916年、仏具、茶道具、花器の製造から始まりました。
転機は昭和40年頃、高度成長期で豊かさを増す日本人の生活に着目し、モダンなデザインの花器を開発。それがヒットし、業務は拡大してきました。
しかし時代はまた移り変わります。
日本人のライフスタイル変化、景気低迷、生産拠点の海外移転による低価格化、時代の波にはあらがえずに需要は減少、苦境に立たされることになります。
しかし、現・会長の入社により自社製品の開発で道が拓けました。
素地の美しさを生かした真鍮製のベルが注目を集め、セレクトショップでの取扱いが始まりました。
最初の形では売れなかったベル、当時の販売員のアドバイスで、短冊をつけて風鈴にしました。するととたんに毎月1,000個以上売れる大ヒットになったそうです。
実は、私も、この真鍮製の風鈴を持っています。
なんとも言えない風鈴の音色が、優しく耳に入ってきます。
ガラスや陶器の音とは違う「リーン」という柔らかい、優しい音。いつまでも静かに響く音。
今回は錫製品についてなのですが、この真鍮製の風鈴も最高です。機会があればぜひこちらもお試しになっていただきたいです。
話を元に戻して、
これ以降、能作さんは、お客様の声に応える製品を開発することを決意されました。
現在、主力の錫100%の製品も食器をお求めの方がたくさんいらっしゃるという販売員さんの話をきっかけに生まれたそうです。
「だれもしたことのないことをしたい」と錫100%の加工に挑戦していきました。
硬度を持たせるため他金属を加えるのが錫の加工が一般的でありますが、難題に果敢にチャレンジされたのです。
錫の特長である柔らかさを生かし、曲げて使える食器をつくる、というアイデアが生まれました。
現在では、暮らしの身近なものに限らず、照明機器、建築金物、医療機器などの分野を超えたものづくりに挑戦されているそうです。
工場見学や鋳物製作体験、地元食材を錫器で楽しめるカフェと、とても楽しそうな社屋もあります。
お客様の声を形にすること、培ってきた伝統を受け継ぎながら製品開発に取り組む姿勢など、能作さんの取り組みは素晴らしいと思います。
この先も続く伝統工芸品を作り続けて後世に残していただきたいですね。
公式ホームページ https://www.nousaku.co.jp/
能作の魅力
デザインと美しさ
錫の器は猛暑が続く日々に爽やかな気分をもたらせてくれます。見た目にも涼しいですね。
落ち着きがあり高級感が漂うので、さほど手の込んでいない料理だとしてもワンランクアップして見えるのが嬉しいところです。
お皿と合わせてコップもあるのでコーディネートも楽しめますよ。
職人の手によって丁寧に仕上げられているので、金属ではありながら、金属の冷たさが感じられず、逆にぬくもりを味わうことができます。
シンプルに、潔いデザインがどんな料理にも映えてくれることでしょう。
さまざまなアイテムで日常を豊かに彩る
繊細なデザイン、静かに控えめに輝きを放つ錫製品はテーブルウェア、インテリアグッズ、アクセサリーなどさまざまなアイテムがあります。
私が愛用しているシリーズのものは、金属なのにやわらかい錫の特性を生かし、平面からカゴの形へと変化するものです。
これが非常にかっこいい。
自分のアイデア次第でさまざまな使い方ができます。
私の場合は、フルーツや野菜を盛ったりして使ったり、オブジェとしてインテリアの飾りとして使ったりしています。
抗菌性があるので食器として使うことも可能です。
使わないときはペタンと平らに戻して収納できるので場所をとりません。
使い心地と実用性
錫は熱伝導率が高いので、器を冷蔵庫で数分冷やすと、冷たい料理はより冷たく美味しくいただけます。
カップ、タンブラーになるとまたその特性を生かして楽しめます。
ビールなど冷たくいただきたいものに最適なことは想像していただけますよね。
また口当たりも良く、きめ細かい泡立ちを作り、グイグイとお酒がすすみますよ。
プレゼントとしてもおすすめ
還暦や古希(70歳)喜寿(77歳)米寿(88歳)などのお祝いにも錫製品はおすすめです。
父の日、結婚記念日、錫婚式(結婚10周年記念)、クリスマスやお正月の食卓を華やかに飾る食器にもステキです。
若い方には私の愛用するKAGOシリーズやフラワーベースなどはいかがでしょう。
日常をおしゃれにスタイリッシュに彩ってくれるので贈る方にも喜ばれるのではないでしょうか。
錫製品の使用上の注意とお手入れ方法
錫製品は使用後、柔らかいスポンジを使って台所用中性洗剤で洗います。
融点が低い(温度が高くなくても溶けやすい)ので、火気の近くには置かないように注意してください。
金属ですので電子レンジでは使用できません。食器洗浄機や乾燥機も使用できません。
錫100%は柔らかいため、硬いたわしなどでこすらないこと、表面に傷がつく場合があります。
熱伝導率が高いので熱いものを入れると器ごと熱くなります。火傷に注意して取扱いには気をつけてください。
冷凍庫には入れないでください。また冷蔵庫での長時間の保管もお控えください。
光沢が鈍くなってきたときは重曹を使って磨きましょう。
重曹を少量の台所用中性洗剤で溶き、固めのペースト状にします。それを錫製品につけ円を描くようにこすります。ムラなく均一に磨くようにしてください。
磨き終わったら、中性洗剤で洗い、水気をしっかりと拭き取ります。
私の愛用するKAGOシリーズのように曲がる錫製品については、一点に過剰な力を加えると亀裂が入ったり切れたりする恐れがあるので過度な屈伸は控えましょう。
そうなると完全に元の形状にはもどりません。
私の経験上、好きなように子供に触らせていたら元に戻らなくなりました。子供の力でもやり過ぎないように気をつけた方がよいです。
引用 https://www.shopnousaku.com/view/page/maintenance
能作の錫製品、伝統と独自の発想の融合
いかがでしたでしょうか。錫製品について少し興味を持っていただけたら幸いです。
加工しやすくするために一般的には錫製品は他の金属を加えて硬度を持たせて作られますが、能作ではやわらかい特性をそのままに、錫100%で製造されています。
それはまさに誰もやったことがないこと。金属は硬くて曲がらないという固定概念を取っ払い、変幻自在に曲がる錫100%の製品が誕生しました。
錫製品の使い方は用途を限定しません。使うあなたのアイデア次第です。
やわらかい錫と同じように、柔軟な能作さんの発想は頭がやわらかいのです。
長く続く会社は伝統を守りながらも新しいことにチャレンジ精神に溢れています。
そしてもちろん創業からずっと順風満帆な企業はありません。
苦境の中でもそこからアイデアが生まれ初めてのことに挑戦しながら、これまでの丁寧な仕事と心持ちはおろそかにしない一貫した理念があるのです。
国内外では、最近の日本文化としてアニメやゲームがすぐに名前が挙がります。それも素晴らしいことです。
しかし地味に静かにモノづくりし続ける伝統工芸品にもスポットライトが当たるように願います。
錫製品の限りない可能性、魅力、そしてそれを作り続ける企業と職人、日本のモノづくりはこれからまだまだ進化し続けることでしょう。
錫のようにやわらかく、新しい発想でいろいろ楽しんでみたくなってきました。
機会があればぜひ錫製品を手に取ってみてください。あなたの生活に潤いをプラスしてくれるのではないでしょうか。
最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
ライター:吉田美佳